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阪本博志准教授(専門:大衆文化・出版文化論)編集・解題の『高度成長期の〈女中〉サークル誌――希交会『あさつゆ』』全10巻が刊行中

2018年06月07日

 阪本博志准教授(専門:大衆文化・出版文化論)編集・解題の『高度成長期の〈女中〉サークル誌――希交会『あさつゆ』』全10巻の刊行が進んでおり、昨(2017)年9月下旬の第1回配本(3冊)を皮切りに、このほど第2回配本(3冊)が行われました。

 同誌の復刻に至るまでの経緯について、インタビュー形式にて、阪本准教授のこれまでの研究の一端とあわせてご紹介します。

 

 

-この雑誌に関する研究を始めたのはいつ頃ですか。また、研究に着手したきっかけを教えてください。

  大学の学部の卒業論文で私は、戦後日本の若者文化史をテーマにしました。それまでの戦後日本の若者文化史では、学生運動や消費文化といった、いわば高学歴の若者の事象が中心に描かれていました。若年層全般を指す言葉として日本社会で「青年」という言葉にかわり「若者」という言葉が用いられるようになったのは1960年代からですが、1960年代当時に「若者」という言葉が見出しに用いられた『朝日新聞』の記事を読みますと、大学生を扱ったものはごく少なく、多くが、中卒高卒で就職していた勤労青少年が記述されたものであることがわかりました(卒業論文の内容のエッセンスについては、拙著『『平凡』の時代――1950年代の大衆娯楽雑誌と若者たち』[昭和堂、2008年]の33、34、258、259頁に記しました。ちなみに私の卒論執筆時には新聞記事のオンラインデータベースはまだなく、新聞縮刷版を図書館でコピーして読みました)。地方出身で東京等の大都会で働いていた若者たちが自発的にサークルをつくり友だちを得て活動していたことも、新聞記事を読む過程で知りました。

 大学院に進学し、修士課程では、上記の勤労青少年サークルのなかで最大規模(会員数32,000人)を誇った「若い根っこの会」をテーマに修士論文を執筆しました。修士論文ではおもに、同会の1960年代の機関誌に掲載された会員手記の分析をおこないました(これは、拙論「戦後日本における「勤労青年」文化――「若い根っこの会」会員手記に見る人生観の変容――」[『京都社会学年報』第8号、2000年]として発表しました)。それとともに、この修士論文のなかでは、1950年代の百万部雑誌であり、1950年代~1960年代の勤労青少年に最も読まれた雑誌でもある月刊『平凡』にも言及しました。『平凡』には全国規模の読者組織「平凡友の会」があり、その規模は10万人以上を擁するもので、おそらく、日本の雑誌史上、最大の読者組織ではなかったかと思われます。

 博士後期課程進学後は、『平凡』の誌面調査や、同誌の「送り手」にあたる人びとへのインタビュー調査を重ねるとともに、「受け手」にあたる平凡友の会元会員のかたがたにもインタビュー調査をおこないました。

 このように、1950年代~1960年代における若い勤労者の活字を媒介にした集団は、20代前半から持ちつづけている関心のうちの、ひとつの大きな柱となっています。「希交会」をいつ知ったのかは正確には思い出せないのですが、卒業論文作成の過程で当時の新聞記事で知ったのではと思います。

 希交会の機関誌『あさつゆ』を今回復刻するにあたり原本を提供してくださった今井八重子氏に初めてご連絡を差し上げたのは、博士課程3年生のころ、時期的には2002年の12月だったと思います。このときに、『あさつゆ』をいちどお借りするとともに、年が明けてからインタビューにうかがうお約束をお電話でしました。

 話が前後しますが、私が大学院修士課程に進学した年(1998年)の9月1日に、重度の脳梗塞で母親が倒れ、奇跡的に一命をとりとめたものの、左半身が完全に麻痺してしまいました。それから父親とふたりで(私は一人っ子です)看病・介護をしながら、研究をしていました。先に述べました2002年12月の今井氏とのお約束のあと、12月21日未明に母親に二度目の脳梗塞が起こり、緊急入院しました。年が明けた1月11日、入院先の病院で、三度目の脳梗塞が起きました。今井氏にお電話で事情を申し上げ、インタビューを先延ばしにさせていただきました。この時に電話の受話器から拝聴した、今井氏のあたたかい励ましのお言葉とお声は、今も覚えています。2004年1月14日に母親は亡くなりました。

 以上から、私にとって今回の刊行は、今井氏にご連絡を差し上げてから15年後の2017年から『あさつゆ』復刻版刊行を始める、というかたちで実現させた、15年越しのものになります。

 

-雑誌の概要を簡単にご説明ください。

 「希交会」は、『朝日新聞』に戦後もうけられた女性向け投書欄「ひととき」に1954年4月4日に掲載されたお手伝いさんの投書(このお手伝いさんは、上記今井八重子氏のところで働いていた方で、今井氏のすすめで投稿されたものです)をきっかけとして、同年7月16日に結成された、お手伝いさんによるお手伝いさんのためのサークルです。『あさつゆ』は、第1号(1954年8月18日)から第102号(1972年10月30日)まで発行されました。希交会のなかでは1960年1月7日、結婚した会員のグループが誕生します。希交会は1975年に休会となるいっぽうで、1971年に既婚者グループが「つたの会」と改称しました。つたの会は、「希交会発足30周年記念大会」(1984年7月16日)にあわせて、『希交会からつたの会の30年』(1984年7月15日)を発行しました。

 現在刊行中の復刻版は、全10巻(本巻8冊、別巻2冊)です。本巻8冊には、『あさつゆ』が収録されています。第8巻では、上記『希交会からつたの会の30年』も復刻されています。この3月下旬に第二回配本を終え、これで本巻第1巻~第6巻が世に出ました。 別巻2冊においては、希交会東京第10グループと京都グループの会員間の回覧ノートを復刻しています(結成式の際に東京は14のグループにわけられました。関西にグループが誕生したのは1956年5月です)。

 別巻第1巻には、総目次、人名索引、落合恵美子先生(京都大学)・佐藤卓己先生(京都大学)・難波功士先生(関西学院大学)のご推薦文、私が執筆した解題が収録されています。

 別巻第2巻においては、希交会の結成以前からの世話役であり今回の企画において資料を提供してくださった今井氏ご所蔵のアルバムより、1954年7月から1963年1月までの希交会の活動の模様を記録した写真を収録しています。また、同氏ご所蔵のスクラップブックをもとに、希交会をとりあげた同時代の雑誌記事6点も再録しています。これらのうち5点は、「希交会」というキーワードで国会図書館のデータベースを検索しても現時点ではヒットしないものです。

 

-読者に伝えたいことはなんでしょうか。

 『あさつゆ』という資料の特色として、おもに次の3点が挙げられます。

 第一に、『あさつゆ』はお手伝いさんの生活記録等で構成されており、この時代のお手伝いさんの生活史を知るうえでの、非常にまとまった資料であることです。女性史・家庭文化史の資料的空白を埋める重要なものだと言えます。

 また『希交会からつたの会の30年』には、希交会を知り入会してから刊行時にいたるまでのライフストーリーをつづった、つたの会メンバーの手記が掲載されています。この本は上記大会後すぐ在庫切れとなりました。内容ならびに経緯からも、貴重な1冊だと言えます。

 さらに回覧ノートには、機関誌に掲載されていない彼女たちの声が肉筆で記録されています。一般に、「ライフドキュメント」ということばを耳にするとき、日記や手紙が思い浮かべられることが多いでしょう。これに対し回覧ノートは、「日記」という記録的要素と「手紙」という移動的要素のふたつの要素をあわせもつものです。生活史を知るうえでえがたい資料であるとともに、ライフドキュメントそのものについても考えさせられる資料です。

 第二に、「ひととき」という新聞投書欄から生まれたサークルがどのような活動を展開したのかという観点から、『あさつゆ』はサークルの機関誌としても、資料的価値の高い媒体です。それは、総会をはじめ各グループの活動(「グループ便り」)等が、詳細に記録されているからです(結成のおりに、機関誌を毎月出すことと総会を年に2回もつことが決められました)。とくに総会が開かれた翌月の号は、通常よりも頁数の多い、総会特集号となっています。これらから、希交会の具体的な活動内容を知ることができます。

 第三に、希交会は他の勤労青少年サークルとも交流の場を持っており、その記録も掲載されていることです。このことは、希交会の活動を知るという点からのみならず、高度成長期の勤労青少年研究の観点においても、サークル同士の交流の様相がわかる点で重要です。勤労青少年文化の資料的空白をおぎなうものと考えます。

 社会学・歴史学・国文学等のさまざまな領域の国内外の研究者がそれぞれの視角から『あさつゆ』をひもとき、戦後日本社会の解明に役立てていただきたいと願っています。

 

-最後に、何かお伝えしたいことはありますか?

 先に述べましたように、今回の企画のもともとの着想を得たのは、卒業論文作成時など、20代前半のときでした。大学生が、社会人と違う点は、比較的自由に時間が使えることだけでなく、人生のなかで、感受性に恵まれた時期でもあることです。本学の学生の皆さんは、大学生のあいだに、卒業論文作成はもちろんのこと、講義やゼミ、外国での学び、部活動やボランティア、読書や映画など、さまざまなことを体験されていると思います。そこで培ったものや得たものを、卒業後の人生のなかでも大切にしていただきたく思います。社会人学生のかたには、若い学生たちとゼミ等で触れ合うなかで得られたあたらしいアイデア等を大切にしていただければと思います。

 最後に、この企画に対し多大なるご協力をたまわりました今井八重子氏に、改めて心より感謝申し上げます。

 

 

 なお、同誌については、『週刊読書人』2017年10月27日号「出版メモ」、『朝日新聞』2017年12月1日付朝刊、『東京新聞』2017年12月19日付朝刊21面(2018年1月20日付朝刊に訂正記事あり)にて取り上げられました。

 

 また、版元による本誌の紹介ページについては、こちらからご覧ください。

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