2010年2月12日 第29号

春の到来と錯覚しそうな、生暖かく湿った日々が続きましたが、徐々に真冬の寒さを取り戻しつつある宮崎です。後期定期試験、卒業論文発表会という年度末のビッグイベントが終了し、大学内を闊歩する学生の表情にも余裕が垣間見られます。1年生~3年生は集中講義やサークル活動、アルバイトに精を出し、4年生は親しい仲間と卒業旅行に旅立つ時期でしょうか。春はすぐそこまでやってきているようです。

 

たまには本業である図書館に関連した記事も書いてみようと思います。

 

すんごい月並みですが、題して、「最近読んでみて面白かった本」。

 

 

・川上未映子 『へヴン』 講談社 2009年

2008年に芥川賞を受賞後、詩集や随筆集も意欲的に創作し、今とても勢いのある作家の1人。今作も様々な新聞で書評が掲載されていました。「斜視」や「汚さ」を理由に同級生からいじめられる中学生を通じて、現代という文脈における善悪や美醜についての価値観のあり様を描いています。「誰にも無意味な暴力をふるう権利はない」「そもそも人生に意味がないなんて当たり前のことに耐えられないのは弱いやつらだ」という、いじめられる側の正統的な価値観といじめる側の徹底したニヒリズムとが対置され、価値判断を読者に迫ってくるので、とても息苦しくなりました。この息苦しさは、いじめる側の論理に対する感情的嫌悪と微かな既視感からくるものだと思います。「自己責任」というキーワードが標榜される現代ですが、本当にそこまで人間は他者と断絶されてしまってよいのでしょうか。教職を志す学生に是非読んでもらいたい作品です。

 

・荒井悠介 『ギャルとギャル男の文化人類学』 新潮新書 2009年

まずタイトルがすごいです。著者は文化人類学の研究者であり、元ギャル男。自分がのめりこんでいた文化を対象化し、客観的な距離から分かりやすく論述しています。ギャルやギャル男なんて、生活圏では繁華街でたまに見かける程度だし、「あんな日焼けして肌大丈夫かいな。みんなちゃらちゃらしたカッコで同じような髪型やし変な奴らやなー」くらいにしか思ってなかったけれども、本書を読んで印象が変わりました。彼らは将来的には一般的な社会的成功を望んでいて、厳格なルールと組織の中で将来必要とされるであろうコミュニケーションスキルや企画立案、実行能力を涵養し、そして「若気の至り」として青春を完全燃焼するために、一定期間、目的的に、ギャルと化すのだそうです。彼らの多くは高偏差値の大学生で、「フルタンゼミ長(大学で履修した科目の単位を全て取得し、ゼミでもゼミ長の立場であるという意味)」をモットーとし、「遊びも勉強も全力」らしいです。理解できない文化現象に対して、「意味わからん」と眉をひそめて終わってはいけないのだ、と戒められた1冊。

 

・赤川学 『子どもが減って何が悪いか!』 ちくま新書 2004年

これもタイトルがすごい。そして表紙に記載されている文章もすごい。「・・・子どもは、少子化対策や男女共同参画の道具ではない。愛情をもって育てる覚悟をもてた男女だけが、子どもを産めばよいのだ。そうした選択の結果、生まれる子どもの数が少なくなったとしても、それはそれで仕方のないことだ・・・(表紙より)」 女性が仕事と子育てを両立できる環境が整っていないから少子化が進むのであって、女性が社会に出て仕事と子育てを両立すると出生率も上がるはず、という、もはや社会通念と化した仮説に対して、社会学者である著者は待ったをかけます。リサーチリテラシーという統計分析手法を詳細に検討し、あくまで客観的データを用いることによって、この仮説に示された因果関係を否定していきます。子ども手当が議論される今だからこそ、少子化を前提として年金や経済停滞に伴う痛みの配分を考えよ、という主張がとてもスリリング。

 

ついでに、図書館でアルバイトしているYさん(3年生)とFさん(3年生)にも、最近読んで面白かった本について尋ねてみました。

 

・夏目漱石 『三四郎』 新潮文庫 

Yさんが最近感銘を受けた本。言わずと知れた漱石の名作です。明治時代の都会で大学生活を送る主人公に、何かしら今の自分と通じるところがある、と彼女は言います。効率良く就職に必要なスキルを身に付け、他人とは適度な距離を保ち、時間を有効に用いて賢く生きることが奨励される現代の大学生と、三四郎が出会った都会の人間とは、ドライに熟考を避けて生きている点では似通っているかもしれません。そして、そのような風潮の中での違和感と三四郎の気遅れが重なったのでしょう。また、Yさんは「明治時代の大学生の方が、今の大学生よりも学問に対する姿勢が真摯だ」との感想も抱いたようです。

 

・石田衣良 『逝年』 集英社

Fさんが最近感銘を受けた本。僕は読んだことがないのですが、コールボーイの大学生を題材にした小説だそうです。Fさんによると、「自分とはまったく違う生き方をしている大学生について考えてみて、コールボーイという職業には共感しないし自分がしたいとも思わないけど、コールボーイの若者たちの人生の指針というか価値観の体系のようなものが今の私よりしっかりしていることが、少し羨ましく思った。また、物語の構成力がすごくてぐいぐい話に引き込まれ、自分が主人公の立場でも同じような行動をとってしまうんじゃないか、という気がした。」 「あーそういう経験あるある。僕もカミユの『異邦人』読んだ時に、自分も主人公のように発砲するやろなって思ったわ・・・」 と、閉館後の図書館は盛り上がるのでした。読書のいいところは、本を仲介して、普段なかなか話題にのぼらないような形而上学的なことを、他人と話し合える点にあるのではないでしょうか。

本2re

ちなみに今日の記事で紹介した図書は、新着図書ではありません・・・(立て掛けた方が絵になると思って撮りました)

 

春休みの大学図書館に流れる時間は、講義期間中よりも少しゆったりしています。普段は時間に追われている人も、一度ゆっくり本を選びに来てみてはいかがでしょうか。もちろん上記の本は全て所蔵しております。

 

 

以上、図書館コバヤシがお送りしました。